こんにちは、みくまでっす!
今回は長崎県長崎市の寺院の紹介になります(=゚ω゚)ノ
訪れる寺院は東小島町の光寿山 正覚寺(しょうかくじ)。
アレがあるという情報を仕入れたため、その調査にやってまいりました(>_<)
↑場所はココ。
住所:長崎県長崎市東小島町2-6

では、行きませぅ!


階段手前の長崎茂木街道についての説明。


山門

山門から振り返って

鐘楼


本堂
ここで、目当の前に光寿山 正覚寺について紹介です。
寺院名:光寿山 正覚寺
住所:長崎県長崎市東小島町2-6
宗派:浄土真宗 真宗佛光寺派
本山:佛光寺(京都府京都市下京区)
創建:1604年(慶長9年)
開基:道智
SNS:facebook
1604年:慶長9年。道智により創建。
1594年:文禄3年。道智が仏教の再興のため長崎の鍛冶屋町付近に拠点を構え布教活動を始める。
但し、当時はキリシタンの全盛期で仏教徒への脅迫等の行為があり布教活動は難航した。
1604年:慶長9年。道智が立山の山のサンタマリア教会と論戦。
1605年:慶長10年。道智がサン・ジョアン・パプチスタ教会と論戦。
1607年:慶長12年。キリシタンのより正覚寺は放火され全焼…
1614年:慶長19年。キリシタン禁教令が発布。
1618年:元和4年。新橋町へ移転。
1630年:寛永7年。本古川町からの出火で類焼。
1676年:延宝4年。現在地へ移転。
道智(どうち):1542~1640年。
長崎五僧のひとり。1542年(天文11年)3月生で、現在の佐賀県武雄市付近の出自。
竜造寺隆信の一族で、牛島隆家の子。養家の有馬姓を称す。
朝鮮出兵で加藤清正に従事し、帰国後に浄土真宗に帰依。その後に長崎に出て、キリシタンの妨害により衰微したいた仏教の復興に尽力。
99歳没…長生き!
キリシタンとの軋轢だったり、火災だったりと多難な歴史です(-_-)
では、今回おとずれた目当のアレに向かうとします!

本堂の直ぐ近く、目立つとこにあります。

今回目当の陰陽石!
大抵はいんようせきと読むと思いますが、今回はおんようせきですね。
陰陽石は簡単に言ったら男女の生殖器を模したもので、子孫繁栄とか外的侵入防止とかとかを象徴したものです。

全体像
今まで見た陰陽石の中でも特徴的な作りで、別々のものを組み合わせてる?
とりあえず、祈る(-人-)

台座?

なんか彫られているような…


裏側になんか丸いやつあり。
正覚寺の陰陽石は夫婦円満、子宝に恵まれるなどの御利益があるそう。
陰陽石は大抵は神社にありますが、寺院にあるのは珍しいと思います。
なぜここにあるかは…不明(-_-)
誰かご存じの方がいらっしゃったら、ぜひご教授お願い致します(=゚ω゚)ノ
【参拝】2025年10月

↑長崎県の陰陽石のまとめです(=゚ω゚)ノ

