諏訪神社【長崎県長崎市上西山町】陰陽石と消えた三柱鳥居。古代ユダヤとの関係性!?

珍スポット
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みくま
みくま

こんにちはっ!!

トンデモ論が好きです、みくまです。

以前、歴史作家の関裕二さんが書いた本が好きでよく読んでいました。
お師匠さまの影響ですね。
特に飛鳥時代に活躍した蘇我氏での記述が、『え!?そんな視点があるの!?』と驚かせられました。

学校で習う教科書、特に大化の改新あたりでは蘇我氏は、中大兄皇子と中臣鎌足はとして描かれていました。
しかしながら実は蘇我氏の政治は良かった、蘇我氏から藤原氏系に変わり世は悪くなったと当時の世論が紹介されていました。

そもそも歴史では余程悪く書かれる場合、本当に悪い場合か、または易姓革命であり現体制を正当化するために前体制を悪とする場合がみられます。
蘇我氏の場合はまさに後者で、善政を行っていたにも関わらず、中大兄皇子と中臣鎌足、後の藤原氏が自分たちをとするため、正当化するために蘇我氏をとした、ということです。
ホント、今までの固定観念が覆された瞬間でした。

また聖徳太子(厩戸皇子)についても、あれだけの偉人にも関わらず墓がないなど歴史的に謎とされていることが多々あります。

――― 聖徳太子は、実は蘇我入鹿ではなかったのか ―――

蘇我氏を悪役に仕立てたいがため、自分たちを正当化するため藤原氏一派は画策します。
しかし、現実には蘇我氏は有能かつ善政を行っていたため乖離があり、そのままだと整合性があまりにも取れない。
後世に自分たちを正当化し善として残すため、蘇我氏を悪として残すにはどうしたら良いか?
ならば蘇我氏をにしつつ、現実でであった蘇我氏を聖徳太子という架空の人物を作り出しそこに当てはめ、蘇我氏の実像と分離させた。

と、いう説に当時はメチャクチャ心躍りました。
そうでもないですかね?

加えて蘇我氏の名自体、我、蘇りですし。
歴史ロマンをとてつもなく感じました。

ほいで、です。
その関裕二さんの本の記述に長崎市の諏訪神社があったんですよ( ゚Д゚)


諏訪神社と古代ユダヤとの繋がり

とりま、本の内容を確かめるために現地へ向かいます。
みくまは、10年前に来ており再訪です。
この調査の後は、諏訪神社の巨石を調査しています。

諏訪神社【長崎県長崎市】こんな場所に巨石があった!?
みくま社員1号 今回紹介する場所はどこですか? みくま なんと・・・長崎市のあの有名な神社にあります! ↓巨石についての、おおざっぱな説明です。 長崎市の諏訪神社に巨石があった! ブログを始めるにあたって、過去に写真を撮った場所に撮り直しに...




長崎らしく、坂をひたすら登っていきます。


拝殿へ到着です。
目的地へ行く前に、もう一つ珍しいスポットを。
陰陽石です。

上図は拝殿前にある、陰陽石になります。
陰石は女性、陽石は男性のシンボルを表しています。
陰陽石はその二つが合わさったものになります。
〇ッチですね。

ちなみに、拝殿の陰陽石に辿り着くまでの道中に、一の鳥居をくぐった参道の敷石の真ん中あたりに陽石、四の鳥居の手前にある陰石があります。

陽石を女性が踏んでお詣りすると男性運がアップ!
陰石を男性が踏んでお詣りすると女性運がアップ!

そして、陰陽石は陰石と陽石を拝んだ後に踏んで祈ると恋愛が叶うんよっ!

という、長崎のパワースポットでございまする。

ほいでほいで、陰陽石を後にして本日の目的地に向かいます。


途中にある稲荷神社、とても良い雰囲気です。


目的の場所に着きました。
蛭子社になります。


日本でも珍しい三柱鳥居が、かつてそこにあった

今では、その存在はなくなってしましましが、かつてここに三柱鳥居(みはしらとりい)がありました。
三柱鳥居とは、字のごとく柱が3本の鳥居です。
中々みられない代物です。

三柱鳥居についての詳細は、wikipediaで。
上図は蛭子社の池になりますが、池の端に柱の跡が残っています。

そもそも三柱鳥居とは何なのか?

先の関裕二さんによれば、そのルーツは京都市太秦にある神社、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)にあるとされます。

その周辺はかつて渡来人である秦氏が治めていました。
そして、この秦氏が古代ユダヤと関係があったのではないかとされています。
ぶっちゃけ、秦氏は古代ユダヤの子孫みたいな。

そのため、三柱鳥居がユダヤの祭祀と似ている!とか
三柱鳥居の三という数字が三位一体を表し古代キリスト教と関係があるのではないか!?とか
そういう説です。



約10年前に諏訪神社を訪れた際に、

『なぜ三柱鳥居はなくなったのか』
『何故このような場所に三柱鳥居があるのか』
『長崎という土地柄と何か関係はあるのか』
『長崎とユダヤとの関係はあるのか』

等など、神社の方に聞きました。
が、『わかりません』と期待した回答はありませんでした。

なんとな~く、みくまみたいな一部の変な人間に質問されることなのか、神社の方からウンザリした感を感じました笑

まっ、こんなもんですかね。
三柱鳥居が諏訪神社にあった理由なんてわかりませんが、想像することが楽しいってことで( *`ω´)
長崎市にはグラバー園とフリーメイソンとの関係とか、想像するだけで楽しい歴史ネタがたくさん笑

長崎市諏訪神社の三柱鳥居については、他のブロガーさんも記事を書いていますので是非そちらをご覧ください。

あと、長崎県では三柱鳥居を他でも見ることができて、有名な壱岐の和多都美神社があります。とても綺麗な神社ですよ~

みくま
みくま

歴史って、想像するだけでも楽しいですよね




【撮影】2023年7月

場所の紹介

詳細

【場所】諏訪神社内の蛭子社
【住所】長崎県長崎市上西山町18-15
【キーワード】陰陽石、三柱鳥居(みはしらとりい)

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